京都 三十三間堂 仏の数3万3033体の意味と歴史

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京都 三十三間堂

東山連峰の南の三十三間堂は、ずらりと立ちならぶ1001体の千手観音像で有名です。

三十三間とは、建物の縦の長さ?、それとも横の長さ?

三十三間堂の仏の数は、3万3033体」と言われますが、本当に、そんなにあるようには見えないけれど・・・。

首をひねってしまいますね。

出典:ja.wikipedia.org

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出典:kyoto-rakuraku.net

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三十三間堂へのアクセスと、拝観について

京都市東山区三十三間堂廻町657  蓮華王院本堂

  • 京都駅から

市バス100,206,208に乗り、三十三間堂前下車。すぐです。

  • 四条河原町から

市バス207に乗り東山七条で下車。徒歩5分です。

  • 拝観時間

4月1日~11月15日  8:00~17:00 (受付は閉門30分前まで)

11月16日~3月31日 9:00~16:00

  • 拝観料

大人 600円     中高生 400円   子供300円

25名以上は団体割引があります。

なぜ三十三間堂というの?

三十三間堂は、正式には、「蓮華王院本堂」といいます。

天台宗妙法院の境外仏堂で、妙法院が所有し、管理しています。

本尊は千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)です。

平安時代末期(12世紀末)、後白河法皇の離宮である「法住持殿」の一角に、蓮華王院本堂が建立されました。

平清盛が建築資材などを集め、大いに協力しました。

13世紀中頃(鎌倉時代)、火災で焼失し、本堂だけ再建されました。

修復された本堂が、現存する三十三間堂です。

外装は朱塗り、内装は極彩色の、和様建築です。

桃山時代(16世紀)に、豊臣秀吉が方広寺と大仏を建立した時、三十三間堂は方広寺の境内に取りこまれました。秀吉によって、土塀や門が修復、整備されました。

三十三間というのは、「33間の長さがある」ということではありません。

「柱と柱の間が33ある」という意味です。

本堂は東に向いて建てられています。堂内陣の南北に立ちならぶ柱と柱の間が33あるのです。

お堂は、地上16m、奥行き22m、南北120mという壮大な規模です。

33という数字は、本尊の観世音菩薩に由来します。

観音様は、衆生(普通の人々)を救うために、33の姿に変化なさると言われています。

しかも、このお堂は、梁(はり)や柱の建築工法に工夫をこらし、「揺れる船のように」ゆらゆら揺れる、免震建築になっています。

13世紀の宮大工の知恵は、すばらしいですね。

3万3033体の千手観音像

本尊は、お堂の中央に安置された千手観音菩薩です。

鎌倉時代の名仏師湛慶(たんけい)の作品で、高さ3mの寄木(よせぎ)造りの坐像です。手の数は42本ですが、これで1000本の手を表しています。

本尊の両脇に1000体の千手観音像が立ちならび、本尊の背後に1体が立っています。

観音菩薩(かんのんぼさつ)は33の姿に変化して、衆生を救うとされています。

そのため、1001体の観音像は3万3033体の化身を意味しているので、

「三十三間堂の3万3033体の仏像」と言われているのです。

脇侍の仏像は、千手観音だけではありません。

  • 風神と雷神

等身大の風神・雷神像は、俵屋宗達の「風神・雷神図屏風(びょうぶ)」のモデルになりました。

  • 二十八部衆

元はインドのヒンズー教の神々でしたが、仏法を護衛する神となっています。

金剛力士像・大弁功徳天(吉祥天女)像・帝釈天像・神母天王(鬼子母神)像など、

等身大の仏像は、それぞれの美しさに見とれてしまいます。

通し矢

三十三間堂の行事としては、「通し矢」が有名です。

江戸時代、各藩から弓の名人が三十三間堂に集まり、技を競いました。

本堂の西の軒下で矢を射るのです。

縁の北の端に的を据え、縁の南端から矢を射るのです。距離は121mあります。

軒天井に当らないように、121mも矢を射通すので、「通し矢」と言います。

かなりの強弓でなければ、矢を射通すことはできませんでした。

出典:www.youtube.com

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現在は、1月半ば「楊枝のお加持」の大法要と同じ日に、新成人を集めて、

「三十三間堂大的全国大会」が行われています。

弓道を学ぶ新成人が、和服姿で参加します。特に、女子の振袖・袴(はかま)姿が注目されています。


楊枝(やなぎ)のお加持(かじ)で、頭痛が治る?

2015年は1月17日に法要が行われました。

インドより伝わった修法で、聖樹である楊枝(やなぎ=柳)の枝で、観世音菩薩に

祈祷した法水(聖水)を信者に注いで、諸病を治します。

特に頭痛に効果があると、言われます。

後白河法皇は長年頭痛に悩んでいました。因幡堂の薬師如来に祈ると、

「法皇の前世は蓮華坊という僧侶で、その髑髏(どくろ)が岩田川に沈んでいる。

髑髏の目穴から生えている柳の木が風で動くので、頭痛がする」というお告げがありました。そこで、岩田川の髑髏千手観音をの中に納め、柳の木をお堂の梁に使ったところ、法皇の頭痛は、すっかり治りました。

そのため、「頭痛山平癒(へいゆ)寺」と呼ばれ、「頭痛封じ」のお寺として信仰されています。

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